2022年春に東京藝術大学大学院を修了し、新たなステージへと向かう原田美緒(はらだみお)さん。
東京大学の文学部美学芸術学科で学ばれた後、藝大のキュレーション科で学芸員の資格を取得されました。
原田さんが現代アートに心惹かれる理由や、キュレーターという職業に感じる魅力とは。
暖かな3月のとある日、駒込倉庫にて。
キュレーターとして原田さんが企画した展覧会「(((((, 」展の会場に訪れ、インタビューをしてみました。
——まずは、大学で美術を学びたいと思った背景を教えていただけますか?
実は大学に進む前から学ぼうと思っていて、初めは藝大のデザイン科に進学したいと考えていました。
初めて現代アートに触れたのは、小学2年生のとき。
森美術館の開館記念展へ行ったら、展示室の中に裸の写真があったんです。
けれども、それをみんな「えっ!?」と声を上げて驚くこともなく、普通に見ている様が印象に残っていて。
世の中ではタブーとされているものが許容される空間はおもしろく、私はそれが現代アートのいいところだと今でも思っています。
中学3年生のときにはアンディ・ウォーホルの展覧会に行きました。
そこでは、《キャンベル・スープ缶》のように既製品から作品を生み出す発想がおもしろいなと思いましたし、綺麗なものを作るだけではなく、そこに哲学や自分の考えを反映して制作をする行為が、私のやりたかったことだと気づいたんです。
ただ、親からは「実践よりも先に理論を勉強したほうがいい」と言われてしまって。
当時の私は「たしかにそうだな」と思って(笑)美学や美術史を学べる東大の文学部に進学したんです。
——素直だったんですね!実際に理論を学んで、今に繋がったと感じる部分はありますか?
本を読むことが苦ではなくなりました。
それから、哲学的な考え方はキュレーションにも役立っています。
キュレーションは哲学的な思考の営みと、実際に誰かが手を動かしたものを、結びつけてまた新たな文脈を作っていく仕事なのかなと思っていて。
理論と実践の往復をしているので、実践だけをやっていたら理論は弱かっただろうなと思います。
でも、それより演劇をやっていたことのほうがメリットが大きくて(!)
公演までのスケジュールを決めて、全員でその通りに動く点で、展覧会を作るのは演劇と似ています。
キュレーターは舞台監督や演出家のような立ち位置で、アーティストさんが作品をどう作るかを見守る立場。
私はずっと役者で、舞台監督や演出家をしたことはありませんでしたが、その人たちの姿や指示出しの仕方を見ていたことが糧となったので、演劇をやっていてよかったなと思っています。
——演劇が役に立ったとは意外!原田さんは中学・高校でも演劇をしていたんでしたっけ?
そうですね。大学に入ってからもずっと演劇をしていたので、10年間の経験があります。
——10年はすごい!10代〜20代にかけて物事に打ち込んだ経験は、かけがえのないものですね。
——キュレーターという職業に興味を持ったきっかけはどんなことだったのでしょうか?
中高生の頃に訪れた展覧会で、キャプションを読んで「こういう作品なんだ!」とわかるのが嬉しかったんです。
やがて「これは学芸員さんって人が書いてるんだ!」と何らかのきっかけで知りました。
学芸員さんは、作品に補助線を引いてくれる存在。作品はもちろん、作者の思想や考え方も理解しないといけない立場だと思うのですが……。
私、「ものを知りたい」という欲がすごすぎて。
いろいろな人の考えていることを知りたいから、アーティストさんの考えを知り、それを伝えることを仕事にできるのは素敵だなって思ったんです。
それをキュレーターと呼ぶことは当時まだ知らず、職業の選択肢の1つでしかありませんでした。
本格的にキュレーターを目指したきっかけは、大学時代にイギリスに留学していた頃の体験です。
ロンドンにいたときに、フランスのポンピドゥー・センター・メッスで長谷川祐子さんがキュレーションを手がけた展示を見ました。
ジャパノラマという、日本の現代アートを概観してフランスのオーディエンスに見せる展覧会。
日本人の女性がフランスでこれほど大きな展覧会を企画できるんだ、ということに衝撃を受けたんです。
その後、長谷川さんの経歴を見たら「キュレーター」と書いてありました。
藝大で教授をしていらっしゃることを知って、実践的でおもしろいことができそうと感じたことからキュレーション科を受験したのです。
——素敵!導かれるようにして、キュレーターという職業に辿り着いたように感じます。
ずっとアートに携わる仕事をしたいと思っていました。
必ずしも学芸員ではなくてもよかったのですが、私が今やりたいことに一番近い職業はキュレーターなのかなと思います。
もしかしたらアーティストになっていたかもしれないし、演劇をずっと続けていたかもしれない。
これから変わる可能性もありますが、今はいろいろな人の話を聞けてアートに関われる仕事として、キュレーターをやっていきたいです。
——原田さんはエディターとしての経験もおありですが、キュレーターとの関係について思うところはありますか?
エディターもキュレーターも広い意味では同じだなと感じています。
キュレーターは展覧会のカタログを作るので、必然的にエディターでもありますね。
強いて言えば、キュレーターはより多彩なスキルがあると役に立ちます。
デスクワークも現場の仕事もするし、語学の中でも英語は必須。IllustratorやPhotoshopの使用も当たり前です。
知人の中には電気工事士の資格を取った人や、建築用の3Dソフトを全て使える人もいます(!)
演劇の舞台仕込みでさんざんやった設営の技術も役に立っています(笑)
——原田さんはジェンダーやフェミニズムにも関心があるとお聞きしました。少しお話を聞かせてもらえますか?
問題意識を持つきっかけとして、最も大きかったのは美学を学んでいたときのことです。
美学について論文を書いている人はほぼヨーロッパの白人男性。
その人たちの書いたことを正しいものとして読むのは、なんとなくよくわからなかったし、今までの教授も全員が男性であることにずっと違和感がありました。
現代アートの世界では、フェミニズムやジェンダーに関するトピックを扱っている人は沢山います。
だからといってジェンダー・イクオリティを実現できているとは思いませんが、「自分の仲間がいる」ような印象はありました。
藝大ではジェンダーについて話す機会も増え、それで関心がさらに高まって、発信しなきゃという気持ちになったのかなと思います。
——ジェンダー格差は本当に問題。当たり前だと思っていたことが、他の国ではそうじゃないんだと気づくこともありますよね。
その点で、イギリスでの経験も大きいかもしれません。
女性か男性かは本当に関係ない。留学先もそういう環境だったので、いろんなセクシュアリティやジェンダーの学生がいました。
私はファッションが好きなのですが、日本では「いかつい服」「変な格好をしている」と言われたことも。
“女性が着る服”にフレームワークのようなものがあって、逸脱するとギョッとされるんだなと感じましたし、洋服からジェンダーを考えることは多くありました。
ロンドンでは女性らしい装いを気にすることがなくなり、「自分の大好きな服を」着ていました。
でも、それをみんな「すごく素敵」って褒めてくれるんです。
それはジェンダーに関わりなく私のパーソナリティを評価されている感じがして、嬉しかったですね。
——原田さんがキュレーターを務めた展覧会「(((((, 」展のお話を聞かせていただけますか?
コンセプトとしては、ジェンダーにまつわる展覧会をやりたかったことが背景としてあります。
一緒にキュレーターを務めた久保田智広くんは、男性でジェンダーの話ができる貴重な友人の1人。
2人でタッグを組んで、それぞれ3人ずつアーティストに声をかけました。
作家の出身地や出身校もさまざまです。
各地に住んでいる方をピックアップしたいなという気持ちと、さまざまなジェンダーや国籍の人を巻き込みたいという気持ちがありました。
——最後に、これからの活動についての思いを聞かせてください!
世の中にはいろいろな、おもしろいことをやっている人が沢山いますが、あまり取り上げられていない人もいます。
そういった人々を紹介する立場になりたいです。
いつか海外でも活躍できたら嬉しいですね。
現代アートを通して、社会との関係の中で問題提起をしていく。
アートはそれらの解決はしないけれど、そこは開き直ってまず目を向けさせることが大事だと捉えています。
「(((((, 」は「カッコトジナイ」と読むのですが、そこには“結論を出さないけど、ここで立ち止まって考えようよ”というメッセージが込められています。
——「(((((, 」展は今まで学んできたことの集大成でもあり、ここからさらに活動を展開していくスタート地点でもあるように感じました。いい場になりましたね。
そう思うと確かに!深い展示ですね。
——原田さん、ありがとうございました!
会期 | 2022年2月26日(土)〜3月20日(日) |
住所 | 東京都豊島区駒込2-14-2 |
時間 | 13:00〜19:00 |
休廊日 | 月・火曜 |
観覧料 | 無料 |
URL | 駒込倉庫 公式サイト|https://www.komagomesoko.com/ |
交通案内 | JR「駒込」駅 東口から徒歩すぐ |