【展覧会レポート】世田谷美術館『祈り・藤原新也』

「写真家というのは、人が見ないところに気づく仕事

インドをはじめ、世界を旅しながら言葉を綴った写真家の藤原新也(ふじわらしんや)さん。
生と死に深い関心を持ち、表現し続けてきた人物です。

今まで写真サロンやギャラリーで数多くの個展が開かれましたが、美術館での大規模展示は初めて。
その意欲的な試みが、東京都・世田谷区世田谷美術館で始まっています。

11月下旬、秋風の冷たさを感じながらプレス内覧会へ。
作家の言葉とともに、展覧会の見どころについてご紹介します。

展覧会公式フライヤー
会場内の写真について

※記事で使用している写真は、本展主催者の許可を得て撮影をしています。
※会期中は一部の作品を除き、撮影OKです

『祈り・藤原新也』の概要

——世界各地で生と死を見つめる。

そして、大震災直後の東北やコロナ禍の無人の街に立った藤原氏は、これまでの道程と人への思いを「祈り」というタイトルに込めました。

初期作から最新作までを一堂に展示する初の大規模な個展であり、本人による監修もなされています。

藤原新也さんは80年代に出版した本が話題になったため、当時に読んでいない世代の人にはあまり馴染みがないかもしれません。

しかし、本展はそのような“今まで藤原新也さんの作品を見たことがない”人にこそ見てほしい
特に、10〜20代のいわゆる「Z世代」「若者」と言われる人には響くものがあるのではないでしょうか。

こんな人におすすめ

・藤原新也さんのファン!過去に著書を読んだことがあるので、ぜひ作品を見たい!

・写真家として活動しているので、探究のために見に行きたい!

・コロナ禍や戦争、環境問題などに揺れる社会の閉塞感から、気持ち的に飛び出したい!

写真家・藤原新也とは?

藤原新也は、1944年に福岡県門司市(現 北九州市)で生まれた人物です。
東京藝術大学在学中に旅したインドを皮切りに、アジア各地を旅しながら写真とエッセイの活動を始めました。

『インド放浪』『西蔵放浪』『逍遥游記』といった著書を発表し、1983年に出版された単行本『東京漂流』はベストセラーに。社会に衝撃を与えました。

また、同年に発表された『メメント・モリ』は若者たちのバイブルとなった名作。
メメント・モリとは“死を想え”という意味のラテン語で、本展の根底に流れるテーマでもあります。

その後はアメリカや西欧へ赴いたのちに帰国。自身の少年時代を過ごした門司港をはじめ、日本にもカメラを向けました。

写真・言葉・旅のほかには絵画や書にも親しみ、独特かつ秀でた表現でさまざまな作品を発表しています。

プレス内覧会で開催された特別講演会でトークをする藤原氏。

展覧会の見どころ

一般的な写真展とは異なり、大画面の作品に四方を囲まれるダイナミックな展示が、見る人を藤原新也の世界に引き込みます。

これほど大規模な写真展は形式として珍しいこともあり、藤原さんは「お祭りだと思って楽しんでください」とおっしゃっています。お祭り。それこそ活気ある生命が漲り、死者の魂に思い馳せる機会ではないでしょうか。

そして息を呑むような巧みな言葉の表現は、心の琴線に触れる繊細な芸術。
目の前の写真に対する解釈を広げてくれます。

写真と言葉が一体になった展示。

生と死の狭間で心を揺り動かされる作品群

展示室に足を踏み入れると、象徴的な蓮の写真。
「死を想え(メメント・モリ)」と題されたその空間では、インドの聖地・バラナシを舞台にした“死”がテーマの作品が並びます。

重い衝撃を感じながら足を進めると、一転して「生を想え(メメント・ヴィータ)」の空間に。
同じくインドで民衆や聖者を被写体に捉えながら、圧倒的な生命の輝きを映し出します。

死との対比で見る生は希望を超えて、太陽のような力強さに目が眩むほどです。

バリ島で朝に撮影されたという蓮の花。
[書:藤原新也]
人の熱気溢れるインドの様子が映し出されている。

やがてインドからチベット、東アジア、イスタンブール、アメリカと景色は移り変わり、日本へ。

後半には大島優子指原莉乃などの著名人を撮った作品もあります。
アイドルや女優・タレントとしてメディアで見せる彼女たちの姿とは全く異なる、ハッとさせられるような表情に注目です。

チベットで暮らす人びとの写真
日本で東日本大地震後の東方を訪れ、撮影した写真。

藤原新也が故郷・門司で撮りおろした最新作も出品!

本展では藤原新也の新作出品も急遽決定しました。
これらは NHKの番組「日曜美術館」で門司を訪れた際に、撮影されたものです。

なぜ、藤原新也はこれほどにも“死を想う”のか。

「藤原新也の私的世界」のタイトルを冠したこのパートでは、藤原氏のルーツに迫ります。
展示しているのは作家自身による細心の色調整が施された出力紙。こだわりが満載です。

同じ空間では、藤原氏の内面に深く関わる過去作品も展示されています。

《少年の港》は遠き日のノスタルジーに触れた、センチメンタルな作品。
《父》は99歳で亡くなった父の最期を捉えた、痛ましい切なさが胸に込み上げます。

藝大時代の貴重な絵画も出品!

「藤原新也の絵の世界」と題して、27点の絵画が出品されることも急遽決定しました。

藝大油画科に在学中の貴重な大型作品、《one way》も必見。
1964年の作品ですが、本展の展示作業中に藤原氏が加筆したというエピソードが!

まさに最新作とも言える絵画を見られるのはここだけです。

藤原新也が描いた数々の絵。独特な色づかいや線に個性が感じられる。

藤原新也の祈りを前にして何を想う?

「撮るものがない」

「日曜美術館」のロケで門司を巡ったときに、作家が呟いた言葉です。
「何枚も連写をすることはない」と語る藤原氏は、以前は1日100カット近く撮れた場所でも今は1日3カット撮れたらいいほうだとおっしゃいました。

藤原新也さんは今年78歳。50年間に渡って旅をしながら、失われていくものを沢山目にしてきた重みが伝わります。

「今ほど目が輝いてる時代はない。みんな目がキレイなんだ」

彼はこうも言いました。
例えば、冷凍される瞬間のマグロのように、放射能を浴びた桜のように——生命は“死”を想ったときほど皮肉にも輝く。

数々の社会問題が噴出する世界で、否、そういう世界だからこそ彼は“祈り”をテーマとしました。
加速度的に疲弊して消えていく世界の中で、彼は「すべて奇跡だ思って撮る」と言います。

展覧会は1月29日(日)まで

本記事で取り上げた作品はごく一部。ぜひ会場を訪れて、壮大なスケールとともに彼の写真とエッセイをお楽しみください。

[書:藤原新也]
展覧会情報
会期2022年11月26日(土)〜2023年1月29日(日)
住所東京都世田谷区砧公園1-2 世田谷美術館
時間10:00〜18:00(最終入館時間 17:30)
休館日毎週月曜日 ※ただし2023年1月9日(月・祝)は開館、1月10日(火)は休館
年末年始(12月29日~1月3日)
観覧料一般:1,200円、65歳以上:1,000円、大高生:800円、中小生:500円
TEL050-5541-8600(ハローダイヤル)
URL世田谷美術館|https://www.setagayaartmuseum.or.jp/
交通案内https://www.setagayaartmuseum.or.jp/guide/access/
ご案内

※会期・開館情報は状況により変更になることがあります。

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