【展覧会レポート】森美術館「ルイーズ・ブルジョワ展:地獄から帰ってきたところ 言っとくけど、素晴らしかったわ」

六本木ヒルズの巨大な蜘蛛の作者である、ルイーズ・ブルジョワの大規模個展が、2024年9月25日(水)から2025年1月19日(日)まで東京都・六本木の森美術館で開催中です。

ルイーズ・ブルジョワ(1911年パリ生まれ、2010年ニューヨークにて没)は、20世紀以降の美術史に大きな影響を与えた最も重要なアーティストの一人です。様々なアーティストに多大な影響を与えているブルジョワの芸術は、現在も世界の主要美術館で展示され続けています。

本記事では、開幕前日に行われたプレスプレビューの様子をお伝えします。

没後も評価が高まり続けるブルジョワを、27年ぶりに日本で紹介

自身の版画作品《聖セバスティアヌス》(1992年)の前に立つルイーズ・ブルジョワ。ブルックリンのスタジオにて。1993年
撮影:Philipp Hugues Bonan
画像提供:イーストン財団(ニューヨーク)

開幕に際し、森美術館館長の片岡真実氏は「2003年に六本木ヒルズができてから、大変多くの方が蜘蛛の彫刻をご存じである一方で、ルイーズ・ブルジョワはどういう作家なのか、あるいは他にどんな作品を作っているのかは、実は思ったほど知られていないと気がつきました」と企画当初を振り返りました。

日本では27年ぶり、また国内最大規模の個展となる本展では、約100点に及ぶ作品群を3章構成で紹介し、その活動の全貌に迫ります。

ルイーズ・ブルジョワは逆境を生き抜いた「サバイバー」

ルイーズ・ブルジョワは、横柄で抑圧的な父に愛憎を抱き、また病気の母を介護するヤングケアラーを務めながら、複雑な家庭環境で育ちました。20歳のときには母を亡くしたショックで自殺未遂を図り、大学の数学科をやめてアートの道に進むほど心に深く傷を負っています。

その“母”を象徴するモチーフとして蜘蛛が選ばれています。蜘蛛は卵を大切に守る愛情深い母であり、子どもたちに餌を与えるために捕食者として獲物を狙う攻撃的な存在でもあり、ブルジョワが着目した二面性を感じさせます。

ルイーズ・ブルジョワ《かまえる蜘蛛》2003年
撮影:Ron Amstutz
© The Easton Foundation/Licensed by JASPAR, Tokyo, and VAGA at Artists Rights Society (ARS), New York

のちに3人の息子の母となるものの、ブルジョワ自身が母を求める気持ちは強かったことが窺えます。母子を描いた《授乳》について、森美術館キュレーターの椿 玲子氏は、「ここで注目すべき部分として、彼女はどちらかというと、母を常に必要としている赤ちゃんに自分を重ねて描いている」と解説しました。

父を亡くしてからは重い鬱病にかかり、精神分析を受けていました。父との確執は《父の破壊》のような作品に如実に表れています。

ルイーズ・ブルジョワ《父の破壊》1974年
所蔵:グレンストーン美術館(米国メリーランド州ポトマック)
撮影:Ron Amstutz
© The Easton Foundation/Licensed by JASPAR, Tokyo, and VAGA at Artists Rights Society (ARS), New York

その他にも、幼い頃に父母の行為を見てトラウマを植え付けられる、父が不倫する、2度の世界大戦を経験する、夫を早くに亡くすなど、壮絶な人生を送った彼女。自分の内側にある怒りや攻撃性をアートで昇華しなければ、自分の家族にその矛先を向けてしまう、といった恐れからも作品制作に励みました。本展の副題「地獄から帰ってきたところ 言っとくけど、素晴らしかったわ」はハンカチに刺繍で言葉を綴った晩年の作品からの引用ですが、軽やかで前向きな力強さを感じさせつつ、そうでもしないと生きてはいけなかった人生の苦しみを想像せずにはいられません。

展示風景:「ルイーズ・ブルジョワ展:地獄から帰ってきたところ 言っとくけど、素晴らしかったわ」森美術館(東京)2024年
撮影:長谷川健太
© The Easton Foundation/Licensed by JASPAR, Tokyo, and VAGA at Artists Rights Society (ARS), New York, 2024.
ルイーズ・ブルジョワ《ヒステリーのアーチ》 1993年
所蔵:イーストン財団(ニューヨーク)
展示風景:「ルイーズ・ブルジョワ展:地獄から帰ってきたところ 言っとくけど、素晴らしかったわ」森美術館(東京)2024年
撮影:長谷川健太
© The Easton Foundation/Licensed by JASPAR, Tokyo, and VAGA at Artists Rights Society (ARS), New York, 2024.

地獄から帰ってきた、ルイーズ・ブルジョワを支えたもの

森美術館アソシエイト・キュレーターの矢作 学氏は、「ブルジョワは苦しみから完全に解放されること、もしくは過去のトラウマが完全に治癒することは、決して信じていなかったようです。それでも何度も何度も繰り返し、不安や恐怖などの心の痛みに立ち戻りながらそれと向き合い続け、自身の感情と記憶をアート作品として芸術の域まで高めることを98歳で他界するまで続けました」と解説しました。

晩年に制作した《トピアリーIV》は、ブルジョワの自画像的な作品ともいえます。痛みの中で足さえも失い、それでも傷口から生えた枝先を実らせ、松葉杖をついて立つ彫刻の姿は象徴的に見て取れます。

ルイーズ・ブルジョワ《トピアリーIV》1999年
撮影:Christopher Burke
© The Easton Foundation/Licensed by JASPAR, Tokyo, and VAGA at Artists Rights Society (ARS), New York

本展に際し、ショップでは会場限定のデザインを用意した図録を販売します。矢作氏は「ブルジョワの作品を所蔵している国内の美術館は少なく、特化した書籍があまりない。私たちとしては、長らく読んでもらいたいという一心で作りました」とアピールしました。

展示室の入り口にあるハンドアウトは、手に取って会場を歩くと作家や作品内容をよく理解できます。「もともと子ども向けに作りましたが、内容が大変素晴らしいので大人の方もぜひ参考にしてほしい」とおすすめのアイテムです。

アーティスト没後も世界中の主要美術館で個展が続き、評価が高まり続けている今、日本で開催されるルイーズ・ブルジョワの個展をぜひお楽しみください。

開催概要
会期2024年9月25日(水)~2025年1月19日(日)
住所〒106-0032 東京都港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー53階
時間10:00~22:00
※火曜日のみ17:00まで
※ただし、2024年9月27日(金)・9月28日(土)は23:00まで、10月23日(水)は17:00まで、12月24日(火)・12月31日(火)は22:00まで
※最終入館は閉館時間の30分前まで
休館日会期中無休
観覧料※専用オンラインサイトでチケットを購入すると( )の料金が適用されます。
※音声ガイド付チケット(+600円)も販売しています。

[平日]
一般 2,000円(1,800円)
学生(高校・大学生)1,400円(1,300円)
子供(中学生以下)無料
シニア(65歳以上)1,700円(1,500円)

[土・日・休日]
一般 2,200円(2,000円)
学生(高校・大学生)1,500円(1,400円)
子供(中学生以下)無料
シニア(65歳以上)1,900円(1,700円)

※本展は、事前予約制(日時指定券)を導入しています。専用オンラインサイトから「日時指定券」をご購入ください。
※専用オンラインサイトはこちら
※当日、日時指定枠に空きがある場合は、事前予約なしでご入館いただけます。
※2024年12月30日(月)~2025年1月3日(金)は、[土・日・休日]料金となります。
※表示料金は消費税込
TEL050-5541-8600(ハローダイヤル)
URL森美術館|www.mori.art.museum
交通案内http://art-view.roppongihills.com/jp/info/index.html

記事をもっと見る

詳しい内容はこちらの記事をチェック
友だち追加